「年商10億円を超えない経営」は、介護事業での幸せな経営の形です。
■自社株は安易に分散させない
―今回はどんなお話をしていただけるのでしょうか?
前回、介護事業における適正な規模は「年商10億円、スタッフ100人程度」とお話ししました。
これまでに出版された本を見ると『売上2億円の会社を10億円にする方法』(五十棲剛史著/ダイヤモンド社)『年商5億円の「壁」のやぶり方』(坂本桂一著/クロスメディア・パブリッシング)『年商10億円を突破する直営方式多店舗経営』(森文男ほか著/経営情報出版社)などがあり、企業としては10億円前後に一つの壁があることがわかります。
今回は介護事業にはあえて「10億円を超えない経営」が必要であることと、具体的な方策をお話しします。
―「10億円を超えない経営」をするにあたって、初めは何をすればいいのでしょうか
まず株式上場を目指すことをやめます。経営者にとって株式上場は一つの勲章であり、私も否定はしませんが介護事業にとってはプラスにならないと思います。
その理由には介護事業の特殊性が挙げられます。介護事業は定員や働く人員が規定されているため、事業を拡大しても効率は良くなりません。間接人員が増えて利益率が下がるだけです。
それに株式上場すれば株主から更なる成長や利益を強く求められます。無理して事業を拡大すると、ワーキングプアを大量に生み出しかねません。「会社は株主のもの」という考えに押し切られ、現場の意見より利益を優先してしまう懸念もあります。
さて、株式上場を目指さないと決めたら自社株をすべて現経営者に集中させましょう。従業員や取締役に自社株を所有してもらう会社がありますが、上場しない株をもらったところで配当はわずかです。日々貢献してくれる従業員や取締役には株式より給与や役員報酬で報いるべきです。
また介護事業が重要な社会資本になっている地域では、安易に廃業することはできません。経営者は後継者について考えておく必要があります。
もし自分の子どもや取締役が会社を継ぐと決まったら、その時から最低3年かけて自社株を譲渡する必要があります。上場していない会社の株でも、うかつに譲渡すると多大な贈与税が発生するからです。あらかじめ利益・配当・資産を調整して評価を下げ、低価格で譲渡しましょう。
後継者がいない場合はM&A(企業の合併や買収)も選択肢の一つ。現在M&Aは大企業だけでなく中小企業でも盛んに行われています。
■労働生産性を重視しましょう
―「10億円を超えない経営」で最も大事なことはなんですか?
もちろん「意思決定」です。自分の子どもが後継者になるにせよ他社と合併するにせよ、現経営者が方針を決定しなければ始まりません。だから株式を現経営者に集中させるのです。株式を分散させてしまうと意思決定自体が難しくなります。
さらに普段から自分以外の人間が事業を引き継ぐことを念頭に、公私をきちんと分けた「骨太な経営」をすること。法人のお金で個人のものを購入するなどもってのほかです。
ところで私は「売り上げ10億円、従業員は常勤換算で100人程度が理想」と繰り返し述べていますが、従業員の数にも留意してください。
そもそもビジネスは労働生産性(粗利を常勤換算数で割ったもの)が重要。なぜならこれが各人の給与の源泉となるからです。
例えば私が提唱する10億円の売り上げが100人で達成できるとすると、一人当たりの労働生産性は1000万円。そのうちの半分(労働分配率50パーセント)で給与を支払えば、平均年収は500万円になります。
かつて経営者同士の会合で、「当グループは売り上げ25億円を超え、スタッフも500人以上です」と誇らしげに話している人を見たことがあります。ところがよく考えてみるとこの場合の労働生産性は1人500万円弱。スタッフの平均給与は250万円です。目先の数字に捉われないことが大事ではないでしょうか。
―今回のお話で「10億円を超えない経営」が介護事業にとってベストであることがよくわかりました
今回の要点は以下の通りです。
【年商10億円を超えない経営とは】
・株式上場は目指さない
・自社株を現経営者に集中させる
・公私を厳格に分け、労働生産性を重視した効率的な経営をする
・スタッフには給与で報いること
もし10億円以上の年商を求めるなら、別に会社を設立することをおすすめします。介護事業における「10億円を超えない経営」はスタッフの幸せを実現し、重要な社会資本としての義務も果たせる方法なのです。(了)