ライフドクター長谷川嘉哉の転ばぬ先の知恵(旧:介護事業の知的創造コンサルティング)

ビジネス、勉強、マネープラン、介護、ライフワークバランス……
認知症専門医であり、経営者でもある長谷川嘉哉が人生を10倍豊かにする知恵をお届けします。

インタビュアー/ポッドキャストプロデューサー:早川洋平(キクタス) 制作協力/和金HAJIME

第58回「追悼...渡辺淳一先生」

2014年7月29日 22:30

長谷川が、特に高校時代や医学部時代に読み漁ったという、作家の故・渡辺淳一さんの作品をご紹介しています。


■医師としての視点が貫かれた作品群
―今回はどんなお話をしていただけるのでしょうか?

先日、作家の渡辺淳一さんがお亡くなりになりました。若い人は渡辺先生を恋愛小説家の代表と思うかもしれませんが、私ぐらいの世代だと「医師免許を持つ作家」のイメージが強いです。私が高校生のときや医学部生時代には、仲間たちと競って渡辺作品を読みあさったものです。

なかでも『白夜』(ポプラ社)は印象的でした。これは「渡辺先生はなぜ医師から作家になったのか?」という疑問に対して答えた作品です。渡辺先生の分身でもある主人公高村伸夫が医学部に進み、さらに作家の道へと踏み出す20歳から35歳までの迷いや悩みが克明に描かれています。

―当時の長谷川先生は、なぜこの作品に引かれたのでしょうか

私は医師を目指していましたが、もともとは銀行員の家系の生まれです。そのため医師という職業についての情報が少なく、将来に対して不安を抱いていました。そこで医師の世界を知るためにこの本を手に取り、ドキドキしながら読んだのでした。

主人公高村が研修を終えた大学病院と、医師として赴任した市中病院の違いなどを描写した部分は実際に参考になりました。私も「自分は将来大学に残るのか? 市中病院で働くのか? それとも開業するのだろうか?」と思いを巡らせたものです。そのころは自分が専門医と経営者を兼ねることになるとは想像もしませんでした。

高村が繰り広げる恋愛劇もワクワクして読みました。これらはおそらく渡辺先生の経験がもとになっているのでしょう。

こんなエピソードがあります。家族を残して単身上京した作家志望の高村は、週4回程度医師のアルバイトをしながら食いつなぎます。ところが、彼は札幌から愛人も一緒に連れてきていたのです(笑)まさに渡辺先生のスケールの大きさを感じさせる話ではないでしょうか。この作品は古尾谷雅人さん主演でドラマ化されました。

―渡辺作品の中から、おすすめをいくつか紹介していただけますか? 

『白い宴』(角川書店)
渡辺先生の出身大学でもある札幌医科大学の和田寿郎教授による心臓移植事件を題材にしたものです。神経内科医の立場から私がこの小説を考えると、心臓移植以前に脳死判定が十分であったか疑問が残ると思います。

『花埋み』(新潮社)
日本最初の女医、荻野吟子さんを題材にしたものです。学問好きの娘は家門の恥という風潮が根強かった明治初期。さまざまな偏見にも負けず医師の資格を得て、必死に生きる姿が描かれています。医師を目指す女性にはぜひ読んでほしいです。

『光と影』(文藝春秋)
戦場で腕に銃創を負った小武と寺内という2人の大尉が登場します。彼らは同じ日にある軍医の治療を受けますが、小武は腕を切断され、寺内の腕は残されます。それが両者の明暗を分け、市井の人となった小武は悶死。軍に残った寺内は陸相、首相へと上り詰めていきます。直木賞受賞作。

『阿寒に果つ』(角川書店)
天才少女画家と呼ばれた時任純子の死の真相を、彼女の恋人の一人であった若い作家が探ります。純子は渡辺先生の札幌南高校時代の同級生がモデルで、私小説的な側面を持つ作品です。

『失楽園』(角川書店)
1995年から翌年にかけて日本経済新聞に掲載されました。性描写が話題になりましたが、小説の後半は自殺現場調書の引用が大部分を占めているところはさすが渡辺先生です。『愛の流刑地』(幻冬舎)も同紙で連載されました。

『エ・アロール それがどうしたの』(角川書店)
老人ホームにおける三角関係などの恋愛問題を描き、老いの概念を覆しました。やはり私たちは「いくつになっても男と女」なのです。

『愛ふたたび』(幻冬舎)
この作品では回復しようのない性的不能が描かれています。ちなみに私の外来でも定期的にバイアグラを購入いただいている患者さんが数人います。お恥ずかしい話ですが、私は「何歳になろうが薬を飲めば大丈夫」と考えていました。ところがこの本を読んで、ある年齢以上になるとバイアグラを飲んでも効果がなくなることを知りました。女性の場合と違い、男性の機能については正確なデータすらないのが実情です。この作品にも渡辺先生の医師としての主張が込められていると思います。

その他にも病院を舞台にしたサスペンスタッチの『白き手の報復』(ポプラ社)、人工授精による運命的なめぐり合わせを描いた『リラ冷えの街』(新潮社)、SMAPの中居正広さん主演ドラマ『白い影』の原作『無影灯』(文藝春秋)、インターセックスを題材にした『桐に赤い花が咲く』(集英社)などがあります。

渡辺作品を調べると本当にたくさんの数があり、たびたび映像化されていることに驚きます。ある雑誌の編集長は「渡辺先生の作品よってもたらされた経済的効果は計り知れません」とおっしゃっていました。これもまた立派な社会貢献と言えるのではないでしょうか。改めて渡辺先生のご冥福をお祈りいたします。(了)