ライフドクター長谷川嘉哉の転ばぬ先の知恵(旧:介護事業の知的創造コンサルティング)

ビジネス、勉強、マネープラン、介護、ライフワークバランス……
認知症専門医であり、経営者でもある長谷川嘉哉が人生を10倍豊かにする知恵をお届けします。

インタビュアー/ポッドキャストプロデューサー:早川洋平(キクタス) 制作協力/和金HAJIME

第51回「保険外診療を考えよう」

2014年6月10日 22:30

安易な混合診療の導入には制限をつけ、日本の健康保険制度を守っていくべきです。


■特養・老健の高すぎるクオリティが介護業界を苦しめる!
―今回はどんなお話をしていただけるのでしょうか?

先日、歯医者さんで保険外診療を経験しました。実をいうと私は生まれつき歯が1本なく、小学生の頃から部分入れ歯を使用しています。これまで保険診療の義歯しか使ったことがなかったのですが、今回はいつもお世話になっている歯科で勧められて保険外の義歯を購入しました。

確かに値段は高いのですが、使い心地は格段によくなりました。ちなみに歯科医療においては著しく高価な材料を使ったものや美容目的でなければ医療費控除の対象になります。通常の義歯作成、インプラント、矯正なども対象です。

―医療費控除について説明していただけますか?

医療費控除は自己、または自己と生計を同一にする配偶者やその他の親族のために10万円以上医療費を支払った場合、最高200万円まで所得から控除されます。

仮に入院して医療費を30万円支払ったとします。そのとき生命保険などから入院給付金等が支給されなかったら、30万円-10万円=20万円が医療費控除の対象となります。

ただしこの20万円がそのまま戻ってくるのではなく、所得税率を掛けたものが還付されます。所得税率が20%であれば4万円、最高税率の40%であれば8万円です。つまり高額所得者になるほど還付額が増えるわけです。

私の周囲にも1本30万円もするインプラントを何本も入れているお金持ちの高齢者がいますが、これなら理解できます。彼らに気前よくお金を使ってもらえる分野はもはや医療しかありません(笑)そう考えると歯科の保険外診療は極めて有効だと思いました。

―公的保険制度において、保険内サービスと保険外サービスをどのように組み合わせるかが重要になっていますね

原則として最低限のサービスは保険内で対応し、患者さんがそれ以上のクオリティ(見栄え、快適性)を求める場合は保険外で対応するべきです。歯科医療はこの原則に則していると言えるでしょう。私が今回保険外の義歯を選んだことも理にかなっていると思います。

ところが介護業界になるとこの原則が守られていません。通常、特養や老健は国の補助金で建設されます。そのため規模も大きく豪華で、基本的に個室が用意されます。入居費用も安く、個人の所得が少なければ減免制度により自己負担を軽減することもできます。さらに世帯分離の「裏ワザ」を使えば、子どもさんの所得が高くても本人の年金が少なければ安く入所することも可能です。

一方、民間の有料老人ホームなどには減免制度が適用されません。建物や設備の一部に豪華なところがあっても、特養・老健に比べると劣ります。それにもかかわらず費用負担は特養・老健より多くなってしまいます。

現行の介護保険では、本来最低限のサービスを提供すべき施設が最も豪華なのです。おまけに自己負担も軽いのですから、入所できた人はまさに至れり尽くせりの「既得権」が得られるというわけです。もちろんこれらの施設は数に限りがあり、希望者全員が入れるわけではありません。入居できなかった多くの方は、民間が提供する設備が劣悪で費用も高い施設で我慢するしかないのです。

―なぜこんな状況に陥ってしまったのでしょうか

これは明らかに厚生省の政策ミスだと思います。保険内で提供する特養や老健なら、自己負担分が軽いかわりに大部屋を中心とした施設にすべきだったのです。それに不満がある人は自己負担でよりクオリティの高い民間施設に移ればいいのです。

しかし現状の公的施設があまりにも豪華であるため、民間がクオリティの高い施設を提供しなくなっています。この政策ミスは簡単には解決できないでしょう。結局は現状の制度の中で情報収集して賢く動いた人だけが得をするようです。

それでは私たちが提供している医療はどうなるのでしょうか? 一部の高度医療や先進医療は条件付きで混合診療が認められました。私個人としては、それ以外については厚生省の「保険診療と保険外診療の併用を混合診療として禁止」という考え方に賛成です。なぜなら医療の現場では患者さんのメリットになる保険外診療の薬や処置が思い浮かばないからです。

―歯科医療と大きく異なる点ですね

その通りです。むしろみなさんには保険診療の薬が厳格な科学的根拠・治験に基づいて認可されていることを知ってほしいと思います。そもそも保険診療で出される薬はコマーシャルで宣伝されている健康食品のように一部の使用者の感想をもって認可されるわけではありません。

医師からもらった薬は1割負担で済むのでありがたみを感じないかもしれませんが、実際はかなり高価なものです。ところが患者さんの中には「高いお金を払って買った健康食品のほうが効果的なのでは?」と思ってしまう人がいることは残念です。

医療においては安易な混合診療の導入には制限を設け、世界に誇る日本の健康保険制度を大事に守っていくべきだと思います。(了)