家族の中で、認知症介護に関わった度合いによって責任の重さに差異が出た判決についてお話しています。
■家族の絆を断ち切るような判決には疑問です
―今回はどんなお話をしていただけるのでしょうか?
平成25年8月9日に出た裁判の判決について取り上げたいと思います。
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平成19年12月7日、91歳の認知症患者のAさんが、徘徊したうえ線路内に立ち入り列車にはねられ死亡。遺族に約720万円の損害賠償を命ずるという判決が下された。
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認知症専門医としても大変ショッキングな判決でした。この裁判について詳しく調べてみたところ、驚いたことに同じ家族でも認知症介護に関わった度合いによって責任の重さに差があることがわかりました。
Aさんには配偶者(妻)、長男、二男、二女、三女の4人の子ども(長女は亡くなっている)がいましたが、それぞれに対する判決が異なるのです。長男はAさんの配偶者と一緒に介護をして、家族会議を取り仕切っていました。そのため裁判では事実上の監督者と認定され、「責任無能力者の監督者責任」があると肯定されてしまったのです。
Aさんの配偶者も徘徊は予見可能として「一般行為責任」を肯定されました。その一方、二男、二女、三女は介護体制の決定に関わらなかったとされ「責任なし」です。
私は最初にこの判決を知ったとき、遺族全員に対して損害賠償が請求されるのだろうと思っていました。ところが責任を負わされたのは介護に携わっていたAさんの長男と配偶者だけ。これでは家族が分断される恐れもあります。
私の外来にやってくる認知症患者さんには、たいていご家族が2、3名付き添われます。それだけご家族は協力して必死に介護をしているのです。もう少しご家族に配慮した裁判・判決はできないものでしょうか。非常にさびしい気持ちになりました。
―認知症専門医の立場から、長谷川先生はAさんのケースをどうお考えになりますか?
Aさんは84歳で認知症を発症。2年後に要介護度1に認定されています。その後、入院を契機に認知症が悪化して要介護度2となり、週6回デイサービスを利用していました。しかし認知症はさらに進行し、89歳のときは徘徊・介護への抵抗が出現。要介護4となりました。これは典型的なアルツハイマー型認知症の経過です。診断の根拠は、
・発症の年齢が80歳を超えている
・89歳で徘徊するほどの運動能力が維持されている
この2点。いわゆる「元気でテクテク、アルツハイマー」です。
当初は物忘れを中心とする中核症状が主ですから、要介護度も1~2です。この段階ではご家族にも実害がなく、デイサービスやショートステイを利用して自宅での介護が可能です。
ところが89歳になったときに周辺症状として徘徊・介護への抵抗が出てきています。実際にAさんは門扉を叩いたり、塀を乗り越えて無理やり外に出ようとしたりしています。この段階での要介護度4は極めて妥当ですが、周辺症状が出現するとご家族に実害が出るため自宅での介護は困難となります。
Aさんのご家族はここで重大な間違いを犯してしまいます。家族会議で介護施設への入所が検討されたのですが「入所することでAさんがさらに混乱するのでは?」「すぐ入れる施設がない」などの理由で在宅介護を継続すると決めてしまったのです。
もし私がAさんの主治医であったなら、これ以上在宅生活を続けることは無理だとはっきりお伝えします。また介護施設を探すお手伝いもできたと思います。
なおAさんに対する治療としては、徘徊・介護への抵抗といった周辺症状が出現したときに薬でコントロールします。私の経験から言うと、適切に薬を組み合わせて使えば患者さんのおよそ3分の2に効果が見られます。
繰り返しますが、ご家族は認知症の物忘れで困るわけではありません。徘徊や幻覚、妄想といった周辺症状で困るのです。よって周辺症状を薬でコントロールできれば患者さんが自宅にいられる可能性が高くなります。
もちろん薬で周辺症状のコントロールができない場合もあります。そのときはただちに在宅生活をやめて介護施設への入所をお勧めします。通常の介護施設での受入れが困難であれば精神科病院へ入院することになります。こうした一連の進行は主治医が主導すべきです。そうすればAさんのご家族も間違った選択をすることはなかったでしょう。
―Aさんの主治医からは何もアドバイスがなかったのでしょうか?
おそらくAさんの主治医は認知症専門医ではなかったのだと思います。そのため適切なアドバイスを与えられなかったのでしょう。しかし、すみやかに認知症専門医を紹介していれば今回の事件は防げたかもしれません。
私が裁判記録を見たところ、Aさんの主治医について言及された部分はないようでした。認知症の前段階を含めるともはや患者数は800万人越えの時代。専門医でなくとも最低限の知識は持っていてほしいものです。(了)