ライフドクター長谷川嘉哉の転ばぬ先の知恵(旧:介護事業の知的創造コンサルティング)

ビジネス、勉強、マネープラン、介護、ライフワークバランス……
認知症専門医であり、経営者でもある長谷川嘉哉が人生を10倍豊かにする知恵をお届けします。

インタビュアー/ポッドキャストプロデューサー:早川洋平(キクタス) 制作協力/和金HAJIME

第37回「増える高齢者の万引き」

2014年3月 4日 22:30

高齢者の万引きは、認知症が影響しているケースもあると予想されます。


■認知症が思いもよらぬ行動を引き起こす!
―今回はどんなお話をしていただけるのでしょうか?

「増える高齢者の万引き」と題して、少し衝撃的なニュースを紹介します。

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警察庁は2013年1~11月の刑法犯認知件数(暫定値)を発表した。刑法犯全体は減っているが、万引きは高止まり状態で、とりわけ65歳以上の高齢者の犯罪が高水準で推移。(産経ニュース)
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警察庁によると、13年1月から11月までに万引きで摘発された65歳以上の高齢者は2万5821人。12年は1年間で2万8600人余りが摘発されました。驚いたことにこの数字は若者の摘発数より多いそうです。

高齢者の万引きはパンや惣菜など比較的安価な食料品が多く、盗んだ商品の平均額は2600円だったということです。警察庁は「高止まりの背景には『安いものだから』『(発覚しても)代金を支払えばいい』といった万引きに対する罪の意識の希薄さがあるのではないか」と指摘しています。

また摘発された高齢者の一部からは「生きがいがない」など経済的な理由以外の動機を供述するケースや、「相談相手がいない」との供述も見られるようです。警視庁が昨年4月から今年3月までに摘発した高齢者の独居率を調査したところ、36.7%でした。確かに高齢者による万引きの背景や動機には独居による寂しさも影響していると言えそうです。

ただし専門医の立場からすると、認知症が影響しているケースもかなりあるのではないかと思います。他にも以下のようなケースがありました。

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神奈川県茅ケ崎市は、スーパーで万引きしたとして懲戒免職となり、処分後に「若年性認知症のピック病の疑いがある」と診断された元文化推進課長のNさん(59)について、処分を停職6カ月に修正、復職を認めると発表した。Nさんが処分の撤回を求めて申し立てた市公平委員会が、停職処分が相当とした裁決を踏まえた措置。(2009年6月24日共同通信)
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そもそも認知症とは病名ではなく症候群のことです。その中にアルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体病、ピック病といった疾患名があります。

ピック病は4番目の頻度ですが、現在462万人の認知症患者さんがいる中で20万人以上を占めています。ピック病は性格の変化や理解不能な行動が特徴で、万引きなどの反社会的行動が見られます。

ところで精神科医の和田秀樹さんの映画『「わたし」の人生 我が命のタンゴ』はピック病を非常にうまくとらえていて感心しました。

―早期認知症および軽度の認知症でも万引きをしてしまう可能性があるとか

私の患者さんの中にも万引きをしてしまった方がいました。厳密には万引きというよりも「レジでお金を払ったかどうかわからないままお店を出てしまう」「食べたいものがあったから食べた」などです。

もちろんお店側は認知症だからといって万引きを許してはくれません。65歳以上の7人に2人が認知症もしくは早期認知症という時代においては、お店側の経済的被害も甚大だからです。

たき火をして火事を起こしてしまった患者さんもいました。私が警察に電話して事情を説明したのですが、やはり「認知症を理由に罰則を軽くすることはできない」との返事でした。

このような患者さんに通常の認知症検査をしても、記憶を司る側頭葉の機能が維持されているので正常と思われがちです。しかし詳細に検査すると前頭葉の機能が落ち、自分の欲望を抑制できなくなっていることがわかります。前頭葉は理性や論理的思考を司り、人間としての尊厳を維持するためにとても重要な部分なのです。

この場合、早期に治療を開始すれば効果があります。よく「認知症の治療薬は進行を止めるだけ」と言われますが、薬は神経細胞間の流れを良くするもの。残っている神経細胞が多いほど効果があります。

以前中日新聞に「年末年始の帰省で実家の両親の様子がおかしいと感じたら、先送りせずすぐ専門医にかかってください」という旨の記事がありました。これを読んだ3名の方がさっそく当院で受診され、いずれも早期の認知症であることが判明しました。ただちに治療を開始できたのはこの記事のおかげです。

今回取り上げた万引きだけでなく、車の事故、契約能力、遺言作成の有効性など認知症の有無が重要になるケースが増えるでしょう。そのときは認知症の医学的な知識だけでなく社会情勢についても熟知している専門医が必要になるのではないでしょうか。そしてこれこそが私の目指す「ライフドクター」なのです。(了)