ライフドクター長谷川嘉哉の転ばぬ先の知恵(旧:介護事業の知的創造コンサルティング)

ビジネス、勉強、マネープラン、介護、ライフワークバランス……
認知症専門医であり、経営者でもある長谷川嘉哉が人生を10倍豊かにする知恵をお届けします。

インタビュアー/ポッドキャストプロデューサー:早川洋平(キクタス) 制作協力/和金HAJIME

第34回「高齢者への金融商品販売規制について」

2014年2月11日 22:30

75歳を超えるとかなりの頻度で前頭葉機能が落ちますので、販売規制は安全です。


■認知症患者が急増する社会に必要な仕組みとは?
―今回はどんなお話をしていただけるのでしょうか?

平成25年12月16日、高齢者に金融商品を販売する際のトラブルを防ぐため、日本証券協会が定めた統一ルールが施行されました。これまでは証券各社の自主的な努力に頼っていたのですが、金融商品をめぐるトラブルが絶えなかったようです。

証券会社の預かり資産のうち、70歳以上の口座数は全体の約3割。金額ベースで約4割を占めています。その一方で金融商品の勧誘による苦情・相談は年間7000~8000件、その相談者の4割が70歳以上となっています。証券会社のお客様の4割ほどが高齢者であり、同時に苦情も多く寄せられていることがわかります。

今回の協会のルールでは「75歳以上の顧客に仕組みの複雑な金融商品を販売する際には、支店の課長など役職者が事前に承認を受けるよう義務付ける。さらに80歳以上には勧誘した翌日以降に上司が契約を結ぶこと」を原則としました。

―年齢で一律に制限することに対しては反対意見もあるようですが

認知症専門医の立場からすると、年齢で一律に制限することには賛成です。判断力が正常な方にとっては迷惑な話かもしれませんが、多くの場合加齢に伴って論理的思考や感情のコントロールを司る前頭葉の機能が低下します。

前回もご紹介したように、いまや65歳以上の7人に1人は認知症、さらに7人に1人はMCIという早期認知症であると言われています。つまり65歳以上の7人に2人は契約能力がない、もしくはその能力が不十分だということです。

彼らは一見自立した日常生活を送っていますが、ものごとを理論的に判断する力は低下しています。このような状態の患者さんを診断するときは、専門医でも相当な時間をかける必要があります。ですから現実的には年齢で一律に販売を規制した方が安全だと思います。

―証券会社以外にもこのような取り組みをしているところはあるのでしょうか?

某銀行も以前は70歳以上への元本が保証されない投資信託の当日販売は自粛していました。ところがなぜか平成25年の夏から「70歳以上」という基準が「80歳以上」に緩められたのです。おそらくまだまだ元気で判断能力のある70代の方から苦情があったのだと思いますが、認知症が増加している現状を考えると残念な対応だと思います。

「75歳以上の人には一律で車の運転、会社の経営、金融商品の売買を規制する」。大胆な提案になりますが、この前提で社会資本を整備することが必要ではないでしょうか。

車の運転については、75歳を過ぎた人に対して積極的に免許の返上を勧めている市町村もあります。それに応じた人にはタクシー料金の割引が実施されています。

私が住む名古屋市は65歳を過ぎると年額1000~5000円で市バスと地下鉄の無料パスがもらえます。この無料パスのおかげで多くの高齢者が車を使うことなく外出でき、とても評判がいいようです。ただし市の負担は年間119億円ですから結構な額になります。

ともあれ「75歳を過ぎたら免許を返上する」という形になれば、それに伴って新しい社会資本やサービスが生まれてくるものです。

ところがこの話を某自動車会社の方にしてみると、「車が売れなくなるので困ります!」と強い口調で言われてしまいました。確かに大企業が反対したら、実現は難しいかもしれません。

―75歳以上の人は会社の経営からも退くべき、と考えるのはなぜですか?

75歳を過ぎたら正確な経営判断を下すことが難しくなってくるからです。経営者本人と周囲の人間がこの点を理解し、前もって準備しておくことが大事だと思います。

私の患者さんでも、経営者だったご主人から引き継いだ株を所有する認知症の奥さんと後継者である長男さんが冷戦状態になり、会社経営に支障を来たしているケースがあります。奥さんに株を譲ったのは節税のためでしたが、今となってみれば後継者である長男さんに渡しておくべきだったのかもしれません。

これは経営者のみならず、一般の方も同様です。「75歳を過ぎたら正常な判断ができなくなる」という前提に立ち、今後の家族関係を構築することをお勧めします。そして性格の変化や認知症の兆候が見られたらすぐに受診すること。認知症は早期に治療を始めることが大事です。(了)