ライフドクター長谷川嘉哉の転ばぬ先の知恵(旧:介護事業の知的創造コンサルティング)

ビジネス、勉強、マネープラン、介護、ライフワークバランス……
認知症専門医であり、経営者でもある長谷川嘉哉が人生を10倍豊かにする知恵をお届けします。

インタビュアー/ポッドキャストプロデューサー:早川洋平(キクタス) 制作協力/和金HAJIME

第33回「認知症と車の運転」

2014年2月 4日 22:30

交通事故には被害者がいます。認知症もしくはMCIの場合、車の運転は避けるべきです。


■悲惨な事故が起こる前にできることは?
―今回はどんなお話をしていただけるのでしょうか?

認知症の外来診療をしていてよく問題になるのが車の運転です。私たち医師は軽度の認知症の方には可能な限りの社会参加を勧めます。その一方車の運転については禁止せざるを得ず、ジレンマに陥って悩むことも少なくありません。しかし車の事故には相手(被害者)がいます。そのため私は認知症と車の運転について正しい情報を発信し続ける必要があると思っています。

最新の厚労省研究班の推計によると「65歳以上の高齢者のうち認知症の人は15%で約7人に1人、2012年時点で462万人にのぼる。さらに軽度認知障害(MCI)と呼ばれる『予備群』も約400万人」とされています。

いわば7人に2人は認知症もしくはMCIであり、この人たちは車の運転を避けるべきなのです。とはいえMCIの診断はとても難しいのが実情です。なぜなら彼らの多くは自立した日常生活を送り、見た目も正常。前頭葉機能だけが低下している状態だからです。

―前頭葉機能が低下すると、どんな症状が出るのですか?

・思考力の低下
・注意力や集中力の低下
・機敏な反応動作ができない
・短絡的な思考や衝動的な行動に対する抑制がきかない
・検討したり、熟考したりすることができない

などです。日常生活は自立していても突発的な対応、理性の抑制、論理的思考などが障害されるため、特に車の運転をするとき問題になるのです。

―認知症の疑いがあるドライバーに見られる特徴を教えてください

・運転中に行き先を忘れる
・駐車や幅寄せが下手になる
・交通ルールの無視
・運転中のわき見
・車間距離が短くなる
・運転中にぼーっとする、注意散漫になる
・ハンドルやギアチェンジ、ブレーキペダルの運転操作が遅くなる
・知らないうちに車に傷をつけている
・運転はできるが、とっさの際にアクセルやブレーキを間違える

などが挙げられます。思い当たるふしがある人も多いのではないでしょうか。

―どうすれば認知症もしくは認知症予備軍のドライバーを発見できるのでしょうか?

現在の運転免許証の更新制度では、70歳以上は教習所で講義や実際の運転を含めた高齢者講習を受ける必要があります。さらに75歳以上は判断力を測るため、講習予備検査(認知機能検査)が義務づけられています。

しかしながら講習予備検査は「年月日を問う」「時計の文字盤を読む」などが主な内容で、ほとんどの人が通ってしまいます。運転の実技も問われません。もしその結果が悪くても本人が希望しさえすれば免許が更新できてしまうのです。

―警察はこの問題についてどう考えているのでしょうか

警察庁は「講習予備検査は認知症の診断をするものではないので、検査の結果のみをもって免許を取り消すことはできない」(広報室)と説明しています。確かに警察は病院ではないので、認知症を理由に免許を取り消すことはできません。この発言はやむを得ない部分もあると思います。

そんな中、改正道路交通法が平成25年6月に公布されました。注目すべきは運転免許を持つ認知症などの患者について、医師が任意で診察結果を都道府県の公安委員会に届け出られる仕組みが盛り込まれたことです。

これは医師の守秘義務違反の例外とされ、公安委員会は本人に臨時適性検査を受けるよう通知できるそうです。まもなく施行される予定ですので、外来を訪れる私の患者さん数人についても届け出る必要がありそうです。

■認知症患者による事故にも厳罰化の流れ
以下の文章は昨年の朝日新聞の記事から抜粋したものです。みなさんはこんな事故があったことをご存じでしょうか?

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平成24年11月、宮崎県えびの市の県道。1台の軽トラックが路側帯に突っ込み、下校中の児童3人(当時小学校2年生)を次々とはねた。はねられた男児の1人は重体となり、今も意識は戻っていない。運転していた76歳の男性には認知症の症状があった。

今年9月、宮崎地裁都城支部で懲役1年2カ月の実刑判決が言い渡された。自動車運転過失傷害と道路交通法違反(事故不申告)の罪だ。弁護側は裁判で、「認知症で心神耗弱の状態だった」と主張した。だが判決では責任能力あり、と判断された。医師や家族から運転をやめるよう注意されていたが「たいしたことはない」と運転を続けていたという。

判決は「わずかな出費を節約するために車を運転した態度は非難を免れない」と厳しく指摘、執行猶予をつけなかった。
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実は私もこの判決を患者さんの説得のために使わせてもらっています。たいていの患者さんは医師やご家族が説得すれば運転をあきらめてくれますが、認知症がかなり進行している方だとどんなに言っても聞いてくれないことがあります。

そんなときは「残念ながら本日の検査で、○○さんは車の運転を止めていただく必要があります。医師の指導に従わず、事故を起こした場合は執行猶予の付かない実刑になる可能性があります。お願いですから私の指示に従ってください」という具合にお話しします。

患者さんには申し訳ないという気持ちもあるのですが、交通事故の被害者が出てからでは遅すぎます。もちろん医師だけでなくご家族との協力も不可欠。高齢ドライバーや認知症が疑われる方が身内にいらっしゃるのであれば、早めの対応をお勧めします。(了)