第29回に引き続き、旅で訪れた芸術の場所についてお話しています。
■裸一貫で財を築いた男の「美の哲学」を知る
―今回はどんなお話をしていただけるのでしょうか?
引き続き旅行のお話をしたいと思います。出雲大社の近くに、私がどうしても訪れたかった足立美術館があります。足立美術館は島根県安来市にある近代日本画を中心とした美術館です。この美術館を作った地元出身の実業家、足立全康(あだち・ぜんこう)さんは、裸一貫から事業を起こして一大コレクションを作り上げました。その絵画収集にかける情熱は大変なものだったらしく、数々の逸話が残されています。
所蔵品は130点におよぶ横山大観の絵画の他、竹内栖鳳(せいほう)、橋本関雪、川合玉堂、上村松園らの作品、北大路魯山人(きたおおじ・ろさんじん)や河井寛次郎の陶芸などを収蔵しています。
私もこれほど多く横山大観の絵画を見たことはありませんでした。ちなみにこの美術館を訪れる数か月前、初めて横山大観の絵を購入しました。サイズのわりに値段が高く、一度はあきらめかけましたがやはり購入してよかったと思いました。
―足立美術館には広大な日本庭園があるそうですね
面積は5万坪に及びます。「庭園もまた一幅の絵画である」という足立さんの言葉通り、とても美しい庭園です。米国の日本庭園専門雑誌が行っている日本庭園ランキングでは、初回の2003年から2012年まで、10年連続で日本一になっています。京都の歴史ある庭園を抑えての受賞ですから本当にすごいことです。
所蔵品や庭園に感動していると、あっという間に3時間近く過ぎていました。みなさんもこちらを訪れるなら、少なくとも2時間はかけてほしいと思います。たとえ日本庭園に関心がない人でも、その素晴らしさに胸を打たれることでしょう。
足立美術館のミュージアムショップには、魅力的な図録や本が多数並んでいました。思わず「大人買い」で7、8冊購入してしまいました。その中の1冊が『庭園日本一 足立美術館をつくった男』(足立全康著/日本経済新聞出版社)です。これで足立さんの魅力にすっかりはまってしまいました。本の中から印象的なフレーズをご紹介します。
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私は働くことが好きで健康にも恵まれ、しかも体を動かすほどにお金が入る報酬の喜びを知ったので、なおのこと脇目も振らないで働いた。
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私も同感です。健康で思い切り働けることはなによりもありがたいです。
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わしの人生は、絵と女と庭や。しかし、これらはいずれも小学生時代の体験が発端である。やはり心が裸の状態の時に受けた衝撃は、一生消えることはない。
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この三つはまさに「快」です。だから足立さんは認知症になることなく長生きできたのでしょう。
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美術館の目的は、金儲け、社会への還元、道楽の三つすべてに該当する。
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普通なら美術館の目的が「金儲け」とは言えません(笑)しかしこの三つが揃わなければ美術館の運営はできないと足立さんははっきり認識していました。まさに慧眼ではないでしょうか。
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48歳のころ、大観の絵に出合った。(値段が高いため)泣く泣く諦めたが、「いつか必ず大観の絵を買ってやるぞ!」と固く心に決めた。
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実は私も「いつか○○の絵を購入する!」が、日々の原動力となっています。
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不動産屋が持ってくる物件が良いものなら、ほとんど言い値で買う。すると不動産屋は喜ぶし、良い情報を持ってくるようになる。安く買い叩くだけが商売ではない。何でも高めに買ってあげ、売るときは1割ぐらい安く売る。それが信用につながる。ほどほどの欲の方が、かえって大きな利益をもたらすことを知るべきだ。
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不動産業も手掛けていた足立さんの言葉はとても勉強になります。私も今後の参考にしたいと思いました。
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誰もが買いに走る総人気ほど怖いものはない。(絵画バブルがはじけた後も)一人超然と値段を維持している大観に底知れぬ魅力を感じた。
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同じ金を使うなら、個人の欲望と社会の要求が重なり合ったものに使った方が、遥かに精神的に充実している。
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心の潤いをすぐにお金で換算するのは、どうかと思う。日本人は、あれは幾ら、これは幾らと金銭の多寡で物事を判断する癖がある。
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足立さんは「自分ひとりがぜいたくな暮らしをしてもむなしいだけ。自分の欲望と社会の要求が一致してはじめて精神的に充実することができる」と言います。私もそんな対象を見つけたいと思いました。
―京都のとらや一条店はいかがでしたか?
こちらは和菓子を味わえるだけでなく、京都の文化や建築に関する書籍を600冊以上揃える文化的なサロンです。
黒を基調としたモダンな店内で、隣接するギャラリーでは若手画家の展覧会が開かれ、足立美術館と同様に素晴らしい空間でした。足立美術館ととらや一条店を訪ねたことで、医療・介護の他に自分の進む道がイメージできたような気がします。(了)