今の日本で起きている現実に目を向けるべく、一読をオススメします。
■再び脚光を浴びる高橋是清の功績と挫折
―今回はどんな本を紹介していただけるのでしょうか?
幸田真音(こうだ・まいん)さんの『天佑なり』(角川書店)です。同じく幸田さんの著書で2000年に発売された『日本国債』(講談社)では、国債の未達によって国債市場が暴落し、金利が高騰する流れが小説仕立てでよく理解できました。私の国債に対する理解の根底になっているとさえ思います。今でも全く古さを感じません。ちなみに2000年の国債残高は500兆円弱でしたが、現在は1000兆円を超えようとしています。ぜひ『日本国債』も一読されることをお勧めします。
そんな幸田さんの新作が高橋是清を題材にした『天佑なり』です。上下刊合わせて600ページを超えますが、一気に読んでしまいました。安倍政権が推進するアベノミクスは彼の政策を模倣していると言われています。私も高橋是清の名前は知っていましたが、今のような社会保障費がない時代のことと気楽に考えていました。
ところがこの時代は軍事費があったのです。これは社会保障費以上に大変な支出であることが小説からひしひしと伝わってきました。さて、今回は特に私が気になったフレーズを小説の中から抜き出して紹介したいと思います。
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徹底した歳出削減に軸足を置いた「松方デフレ」は財政再建にかじを切り、インフレ制圧に対しては一定の実績を上げたが、そのしわ寄せは庶民生活を直撃した。
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「松方デフレ」は小泉政権の政策と酷似しています。私は経済学者ではないので賛否両論ある小泉元首相の政策を断じることはできません。しかし既に同じようなことを松方正義が行っていたことには驚きました。たとえ時代背景が違っても、似たような状況になると政治家は歳出削減を考えるのでしょう。
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日露戦争開戦時に実施されたのは大増税であった。国内債ももちろん最大限発行されたが、やはり外債発行の成否が国の運命を決める。戦争は、あたかも公債募集の成功と時を同じくするように、いよいよ本格化し始めている。
当時の膨大な軍事費と現代の社会保障費はよく似ています。かつて誰も「軍事費を削減しろ」と言えなかったように、私たちも「社会保障費を削減しろ」とは声を大にして言えないのですから。
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(高橋是清は)日銀総裁に就任してまもなく、当時の総理大臣に「歳出の削減、なかでも過度な軍事支出は避けるべきだ。獲得した外貨は可能な限り国内産業に向け、支出の拡大を図ること。『民力』を養うことが重要である」と提言した。
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いくら軍事費が必要とはいえ、それでは国民の生活が困窮する。だから「民力」を養おうと言い切ったのです。この部分だけを読んでも高橋是清の人間性を感じます。それゆえに暗殺されてしまったのかもしれませんが......。
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大正12年9月1日関東大震災発生。東京の人口は当時400万人、死者行方不明は10万人越え(日清戦争の死者が1万3000人、日露戦争が8万4000人)。
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関東大震災による経済的なダメージは相当に大きかったようです。現代に置き換えると2011年の東日本大震災が相当するでしょうか? できればそう思いたいのですが、かねてから指摘されている東海および東南海地震がこれから起き、大阪・名古屋・東京の広範にわたって大きな被害が出る、と考えたほうが自然かもしれません。
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国債発行と日銀による直接引き受けは、日本経済の危機を救うために編み出した税源捻出の奇策だった。それによって可能になった財政出動と金融緩和政策により、日本はいち早く恐慌を切り抜けることには成功した。だが一方で軍事費調達への道を開くことにつながった。そして、その奇策にも限界が見えてきた。軍部の暴走を止めなければならなかった。
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これもまさに現代の黒田日銀総裁の政策です。日銀が国債を引き受けてしまえばいくらでもお札を刷ることができます。すると支出を制限することが難しくなり、かつては軍部の暴走、今は社会保障費などの増大につながってしまうのです。
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是清暗殺後、高橋財政も軍備膨張への歯止めも何もかも崩れ去った。軍はこのあと戦争への道を一歩ずつ着実に歩み、やがて第二次世界大戦へと進んでいく。
ここも高橋是清の時代と酷似しています。かつてこの国は第二次世界大戦へと突き進んでいきましたが、今は何に向かっているのでしょうか?
最近はデフレを脱却した高橋是清をたたえ、アベノミクス推進の根拠とする人もいます。確かに彼は恐慌を切り抜けることには成功しました。しかし根本的な解決をしたわけではありません。山積する財政問題は結局先送りされ、戦争によってすべてが「チャラ」になっただけです。
安倍政権が高橋財政をまねて国債の日銀引き受けを行っても、膨れ上がった国の借金を帳消しにすることは難しいでしょう。もしかすると2015年頃に大地震が起き、その後に来る第二次世界大戦の代わりですべてが「チャラ」になるのかもしれません。「歴史は繰り返す」と言いますが、私は小説を読みながら思わずゾッとしてしまいました。
何がすべてを「チャラ」にするのかはわかりません。今の私が言えることは、これまで当然とされてきた価値観や富裕層と見なされている人々がひっくり返る可能性があるということだけです。これを千載一遇のチャンスにする人もいれば、時代に乗り遅れて没落する人もいる。そういう時代が目の前に来ていると感じます。みなさんもぜひ幸田真音さんの『天佑なり』を一読してみてください。(了)