サラリーマンの悲哀を感じる本を元に、経営者目線で感じる事をお話します。
■経営者になってわかった組織の特性
―今回はどんな本を紹介していただけるのでしょうか?
池井戸潤さんの『七つの会議』(日本経済新聞出版社)です。『空飛ぶタイヤ』(講談社)『下町ロケット』(小学館)と同じく一気に読んでしまいました。この作品の登場人物のセリフから多くの学びが得られましたので、これらを引用しながらお話ししたいと思います。
「会社にとって必要な人間なんかいません。辞めれば、代わりを務める誰かが出てくる。組織ってそういうもんじゃないですか」
私も雇われ勤務医だったので気持ちがよくわかります。しかし経営者となった今では「この人が辞めたら組織が成り立たない」という状況は決して許されないと思っています。だから「仕組み化」して複数の人に仕事を分散し、もし誰かが倒れても乗り切れるようにしているのです。
働いている側からすれば、さみしい気持ちになることも理解できます。とはいえ組織の特性上、自分が「代用のきかない人間」になることはあり得ないのです。だからといって自分を憐れんだり自虐的になったりする必要はありません。「組織とはそういうもの」という前提のもと、少し肩の力を抜いたほうがいいのではないでしょうか。
「会社なんてどこも同じだ」八角は断言した。「期待すれば裏切られる。そのかわり、期待しなけりゃ裏切られることもない。出世というインセンティブにそっぽを向けば、こんな気楽な商売はない」
まさに経営者が一番困ってしまうパターンです。大企業にもこういう従業員が少なからずいます。しかしそれでも利益が出るのですから、組織とはすごい仕組みではありませんか。多少やる気のない人がいても影響しないぐらいに組織を大きくすることも大事だと思いました。
「仕事っちゅうのは、金儲けじゃない。人の助けになることじゃ。人が喜ぶ顔見るのは楽しいもんじゃけ。そうすりゃあ、金は後からついてくる。客を大事にせん商売は滅びる」
医療・介護事業に携わっている私たちは、お客様からお金をいただいておきながら「ありがとう」と言われることが多いです。世の中には誰からも「ありがとう」と言われない仕事もあります。医療・介護事業はいろいろな問題がありますが、毎日「ありがとう」と言われながら仕事ができることは金銭に変えられません。とても感謝すべきことだと思います。
「追い詰められたとき、人が変わる。自分を守るために嘘もつく。あんただって、プレッシャーに負けて不正を許容した。同じことなんじゃないのかよ。誰にだって、苦しい事情ってのは存在するんだよ。だけど、そんなのは不正の理由にならねえ」
確かにこの通りです。さらに経営者の場合は「追い詰められない」ことが大事。どんなに格好いい響きがあっても「社運を賭ける」などの言葉は禁句です。そうならないために日頃から準備や危機管理を怠らないことが重要なのです。
■雇われの身に甘んじてはいけません
―長谷川先生はこの作品も経営者の視点で読んでしまうようですね
サラリーマンの悲哀に共感する部分もありましたが、登場人物と自分の視点がずいぶん違っていると感じました。以前、堀江貴文さんが「大企業の雇われ社長が見る風景と、どんなに小さい企業でもオーナー経営者が見る風景は異なる」という主旨の発言をしていました。気楽な雇われの身と、全責任が自分にのしかかる身では厳しさが違うのだと思います。
私はサラリーマンの方と話をすると、年齢に関わらずどこか幼さを感じてしまいます。特に税金の話題になると、源泉徴収に慣れているサラリーマンは情けないほどの無知ぶりです。法務の知識も同様で、顧問弁護士を雇って自身および会社を保全しようという緊張感もありません。
雇われの身でも知っておくべき労務の知識も「耳学問」レベルで、私たちのように社会保険労務士と定期的に情報交換することなど考えられないのでしょう。だから年齢に関わらず幼いと感じてしまうのです。それだけ私は経営者として修羅場を経験しすぎたのかもしれませんが(笑)
―池井戸さんの小説の登場人物も何気なく学生生活を過ごし、その延長で就職しているかのようです
池井戸さんは意図的に書いているのかもしれませんが、私もこれが根本的な問題ではないかと思っています。今の時代、よほどの有名大学以外は学歴だけで生きていくことは不可能。それ以外の人は手に職をつけるしかありません。
医療・介護業界であれば医師、看護士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、社会福祉士、介護福祉士。文系であれば会計士、税理士、弁護士、司法書士、行政書士、社会保険労務士。これらを目指す人は、遊びほうけている友人を横目に学生時代から努力しています。
今回取り上げた『七つの会議』はリコール隠しがテーマですが、医療業界の人間は不正を糾弾することをためらいません。なぜなら彼らは有資格者であり、今の病院にいられなくなっても他で働けるという自信があるからです。
一方「自分は会社を追われたら生きていけない」と思っていると、明らかな不正があっても見て見ぬふりをしがち。だから「若い頃に汗を流さなければ、大人になって涙を流す」なのです。
そして「若い頃」は学生時代に限りません。「生きている限り汗を流し続ける」のが経営者の生き方ではないでしょうか。(了)