ライフドクター長谷川嘉哉の転ばぬ先の知恵(旧:介護事業の知的創造コンサルティング)

ビジネス、勉強、マネープラン、介護、ライフワークバランス……
認知症専門医であり、経営者でもある長谷川嘉哉が人生を10倍豊かにする知恵をお届けします。

インタビュアー/ポッドキャストプロデューサー:早川洋平(キクタス) 制作協力/和金HAJIME

第111回「当たり前基準の重要性」

2013年1月29日 22:30

「当たり前」の違いが結果に大きな差を生みます。


■母が教えてくれた「当たり前」の大切さ
―今回はどんなお話をしていただけるのでしょうか?

年明けから「年末の財産目録作成のすすめ」「家族会議のすすめ」「種銭の重要性」とお話ししてきましたが、これらは普段の環境や「常識の枠」の重要性を意味しています。言い換えれば「当たり前」基準です。

自分たちはどこまでできるのか、あるいはどこまでするのか。この「当たり前」基準が結果に大きな違いをもたらします。そこで今回は私が考えている「当たり前」について紹介したいと思います。

以前、経営者の集まりで自分の母親に感謝の手紙を書く機会がありました。その際に私が感謝したことは以下の三つです。

①基本的な生活習慣を身に着けさせてくれてありがとう

我が家では親が子どもを起こす習慣がありませんでした。家族それぞれが自分で時間通りに起床するのです。そのため今でも朝早く起きることは全く苦になりません。

ちなみに「できる経営者」は必ずといっていいほど朝が早いです。自分で早起きができないようでは、経営者として成功することは難しいでしょう。誰かに起こしてもらう習慣は、早く治しておくことです。

②私を健康な体に生み、丈夫に育ててくれてありがとう

私の母は専業主婦でした。「自分は家族のためにお金を稼ぐことはできない。だからしっかり食事をつくって、みんなの体を丈夫にするのよ」と口癖のように言っていました。

おかげで私はとても丈夫になり、どんなに仕事をしてもビクともしない体力があります。大学に受かった18歳のとき、身内の人から「君が受験で頑張ったことは認めるが、その体をつくってくれた人を忘れてはいかん」と言われたことを覚えています。

この世の中で生きていくうえで学力は大事ですが、すべての根本は体力。感謝の気持ちでいっぱいになりました。

③認知症になったおじいちゃんの介護をしてくれてありがとう

私は小学校高学年から中学生の頃まで認知症になった父方の祖父と同居していました。介護保険もない時代に、母の苦労はどれほどだったでしょう。

食事をしたことを忘れてしまう。どれだけ食べても「食べさせてもらっていない」と言い張る。風呂に入ればそのあとにトイレットペーパーが浮いている。身内や近所の人に母の悪口を言いふらす......しかし最後は実の子どもたちの顔は忘れても、私の母の顔は忘れませんでした。これは介護者としての意地だったと思います。

そんな経験から私が認知症専門医となり、さらに出版や講演もさせていただいているのですから不思議なものです。母が一生懸命してくれたことが、私の生涯に大きな影響を与えていることは間違いありません。

以上が我が家の「当たり前」でした。基本的生活習慣や食事について思うところがあれば取り入れてみてください。

■「当たり前」がその人の人生を決定する
―改めて日常生活の大切さを実感しました

スポーツ強豪校にも、レベルの高い「当たり前」基準があります。チームには素質のある選手が大勢集まりますが、実は入部したあとの「当たり前」が大きく影響するのです。

全力で走るのは当たり前、声を出すのも当たり前、常にあいさつをするのも当たり前、道具を徹底的に手入れするのも当たり前。選手の能力や強さに大きく影響するのは、これらの「当たり前」です。何よりもチームの「常識の枠」のレベルを高く保てる環境を整えることが大事なのです。

進学校の場合も同様です。たとえ自分の学力が足りなくても、先輩が難関校に合格した実績を見ていれば努力を続けることができます。そもそも高校生の学力に大きな差はありません。志望校を諦めずに努力し続けるか、すぐに諦めてしまうかの違いでしかないのです。

ところでみなさんは休日をどのように過ごしていますか? 休みの前日に夜更かしをしたり、何もしないうちに休日を終えてしまったりする人も多いのではないでしょうか。

経営者の休日は、翌週の準備をする日です。この日にいかに準備するかによって、翌週の仕事が決定されると言っても過言ではありません。

特に新しい事業計画を立てることは重要です。平日にはなかなかできない読書や映画鑑賞、ブログの執筆でもいいでしょう。ちなみに私のおすすめは「散歩しながら考える」です。これは体力の維持にも役立ち、一石二鳥です。

―そんな父親の姿は、子どもたちにいい影響を与えそうですね

休日でも何かに一生懸命取り組んでいる父親の姿は、家族や子どもたちへの無言の教育になります。毎月の家族会議や年末の財産目録の作成に家族がついてきてくれるのは、それだけ私が家の中でも真剣に過ごしているから。これも休日の「当たり前」基準を高くした例です。

私が新規にスタッフを雇うときも、部活動などを通してレベルの高い「当たり前」基準を身に着けている人を採用します。厳しい就職状況においても、「当たり前」基準が高ければ拾ってくれる人はいます。今回ご紹介した「当たり前」がみなさんの役に立てば幸いです。(了)